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2020年11月14日 公開

ブログ、SNS、動画配信
2010年代以降 オンラインの批評 

gnck

 

 オンラインにおける「美術批評メディア」ということで述べるならば、用語集なども整備する「artscape」や、展覧会情報を扱う「Tokyo Art Beat」におけるレビューコーナー、「RealTokyo」「REALKYOTO」などが存在している。『美術手帖』は以前より芸術評論募集の受賞論文を佳作については本誌ではなくPDFをオンライン配信していたが、オンラインメディアとして「bitecho」(2015-2017)を開始し、その後2017年に「bitecho」を「ウェブ版美術手帖」へリニューアルした。本誌の隔月刊化に伴って、ウェブのみに掲載するレビューが増加し、批評家だけでなく作家や哲学者が記事を担当することも増えているが、量的に充実しているメディアだ。

 とはいえ、まずもって批評行為とは、「専門家が価値づけを確定する行為」としてではなく、制作や鑑賞の現場において(あるいは、作家同士やギャラリスト、コレクター、学生、アートブロガーたちの、日常の会話や飲み会の話題として、あの展示はどうだったとか、あの作家はどうだとかいった会話の中にこそ)作品の価値判断という批評行為が要請されている。
 オンラインのメディア上で展開される「批評行為」は、専門家が「批評をオンラインメディアにも載せる」ことよりも、もっとカジュアルな行為として存在しており、20世紀後半からの社会のオンライン化、そしてSNS化は、美術「批評」に対してというよりも、まずは社会そのものへ、そして美術のシーン形成そのものに大きな影響を与えたと言ってよいだろう。

 オンラインメディアの展開について概観してみよう。時代とともにオンラインサービスのヘゲモニーは移り変わってきた。
 1980年代後半のパソコン通信の時代の後にインターネットの商用利用は開始(1993年)され、2ちゃんねる(1999ー 2017年以降は5ちゃんねると名称を変更)に代表される匿名掲示板が巨大な存在感を示すようになった。また、htmlの知識が無くとも扱うことができるブログが登場し、日本では、はてなダイアリー(2003ー2019年 現在は、はてなブログへ移行)が、キーワード機能やソーシャルブックマーク機能によって独特の存在感を示した。ウェブで個人間の金銭のやり取りが一般化してきた2010年代においてはnote(2014年ー)が主要な位置占めているだろう。
 日本ではmixi(2004年ー)を端緒とするSNSは、外部からは見えづらいものの、オフラインの人間関係を結びつける役割を果たし、その役割は現在Facebook(日本語対応は2008年ー)が担っていると言ってよいだろう。登場当初は「マイクロブログ」として紹介されたTwitter(日本語対応は2008年ー)は、実況中継メディア(実況行為は後に「あいちトリエンナーレ2019」芸術監督となる津田大介のIDから「Tsudaる」と呼称された)として注目され、震災以降は個人が情報を発信/蒐集しあうプラットフォームとして更に一般化、今では顧客(=社会)のリアクションを測るプラットフォームとして認知された観がある。
 情報網の整備によって、文字メディアをおって、音声メディアや動画メディアも時代とともに発展した。Podcast(2005年にiTunesでサービス開始)は個人も配信可能なメディアとして人気を集め、ラジオ番組のウェブ配信と、個人の配信が横に並ぶという状況を生み出した(当初はそのこと自体に価値転倒的な色合いがあったことは付記しておく。現在においては、プロと素人のフォームの作り方はむしろ近接し、ウェブメディアに最適化したものこそがそのヘゲモニーを握り、そこに旧来的なプロ/アマチュアの別は見えづらい状況となっている)。
 動画メディアとしては、リアルタイムにリアクションを画面に反映させることが可能なニコニコ動画(2006年ー)や、無料で配信映像をアーカイブできるUstream(2007年開始。サービスは2017年に終了)が人気を集めたが、現在ではライブ機能が強化されたYouTube(2005年ー)が強力なプラットフォームとして存在している。
 また、登場自体は古いプラットフォームながら、メールマガジンという形式は現在も存続している情報発信の形である。

 はてなダイアリーでは、『組立』を企画する永瀬恭一による「paint/note」や、古谷利裕による「偽日記@はてな」、大野左紀子による「Ohnoblog2」など、作家の側面を持つ発信者の存在も目立っていた。
 村上隆は、00年代には書籍の刊行、GEISAIの主催やラジオ番組などの様々なメディアを通じた活動を展開したが、2010年ごろには、Ustreamやニコニコ動画を用いたイベントの配信も積極的に行っている。
 また、哲学者である東浩紀が主催する株式会社ゲンロンは、出版のみならず、メールマガジンや、トークイベントの配信、加えてスクールビジネスを展開する。2010年代に村上と東のバックアップを受ける形でシーンに登場してきたカオス*ラウンジは、その後村上とは決裂したものの、東のゲンロンと連携することで、トークの配信や、スクールを展開した。スクールからは、津田大介が「あいちトリエンナーレ2019(愛知県内各所、2019年)への出展者を複数輩出している。また、カオス*ラウンジも独自に、ニコニコ動画をプラットフォームとした「芸術動画」を企画し、月額動画サービスとしてはかなり高額な部類に入るものの、一定の視聴者を獲得していた。なお、カオス*ラウンジ代表の黒瀬陽平によるハラスメントをうけ、スクールや芸術動画はストップしている。梅津庸一が主宰するパープルームは、YouTubeに「パープルームTV」のチャンネルを解説し、多様なゲストを招いたトーク動画を定期的に配信しているなど、オンラインメディアの活用は、「美術批評」を専業とする者よりも作り手側の活用がより目立っている。

 書き手がキャッチアップされる場としては、Twitterがその窓口として大きく機能した。20代の若いキュレーターが集まって作られた展覧会「北加賀屋クロッシング2013
MOBILIS IN MOBILI―交錯する現在―」(コーポ北加賀屋、後にCASHIおよびGALLERY MoMo Projects、金沢の問屋まちスタジオに巡回、2013年)の図録には、まだ何者でもなかった書き手たちに主にTwitterを通じて声がかけられることとなった。また、きりとりめでるが編集する美術系同人誌『パンのパン』の執筆者の人選や、コレクターであるみそにこみおでんが月刊で発行するウェブマガジン「レビューとレポート」もTwitterというオンラインのプラットフォーム抜きには異なったものとなるだろう。
 また、アートと社会との境界面がオンラインでの炎上という形で現れることもしばしばあった。村上がオークションで高額をつけたニュースが報道されれば、匿名掲示板では批判が巻き起こり、カオス*ラウンジがコラージュや震災をモチーフとした作品を発表すればTwitterで炎上した。会田誠の森美術館での展示に抗議が行われたり、あいちトリエンナーレ2019をめぐって炎上が加速したのも、インターネットが無ければ全く異なった展開になっていたはずだ。「外部に対して作品の価値を説明する」ということも重要な批評活動なのであるが、炎上の渦中にただ擁護を展開しようとすれば容易に党派化を招くし、是々非々で批評をすることも結局は場を冷静にする効果は薄く、一部が取り上げられて炎上の燃料と化すことを考えれば、後から炎上を位置づけるための重要な行為であるにもかかわらず、専門的な知見が提出されづらい状況を生んでしまうといえる。
 また、美術評論家連盟が声明を発表する場も「オンライン」であることは、うっかりすると忘れてしまいそうになるが、社会に対しての声明の場として、今日オンラインが既に機能していることを示している。

 

『美術評論家連盟会報』21号