桜井武氏を偲んで  酒井忠康

2019年11月23日 公開

 去る6月4日、熊本市現代美術館館長の桜井武氏が亡くなった。享年75。二か月ほど前に、わたしは会議の席を同じくしていたので、予期せぬかたちで大切な友人を失ったという思いである。

 現代イギリス美術については、実に広い知識を持ち、またイギリスの国際文化交流機関であるブリティッシュ・カウンシルに長年勤務していた関係で、多くの友人知己にもめぐまれていた。その筋の関係者が来日されると、よく紹介の労をとってくれた。誠実で温厚な人柄だったところから、わたしはイギリス美術の展覧会の相談をしばしば持ちかけたりしたが、いつも実現の策を講じる前向きな人であった。

 開館したばかりの東京都現代美術館の「アンソニー・カロ展」(1995年)では、建築家の安藤忠雄氏が展示を担当し、それまでにない規模の大がかりな展覧会となった。当初、開催も危ぶまれる事態もあったが、担当学芸員やイギリス側とのネットワークによって解決。破綻しないよう陰で気遣った一人に桜井氏がいた。

 主著の『英国美術の創造者たち』(形文社、2004年)は、イギリス美術への偏愛はもちろんのことだが、イギリスにおける風景庭園と現代美術との関連づけには傾聴にあたいするものがあった。とりわけ自然派のA.ゴールズワージについての論考は新鮮で魅力的である。最後の著書『ロンドンの美術館』(平凡社新書、2008年)も氏ならではの発見が随所にあって読みごたえのある一冊となっている。

 美術批評家連盟の一員となるのは、2004年のことである。針生一郎氏の勧めであったと聞いている。推薦者に中原佑介氏の名がある。

 期するところがあって、会員となったのだろうが、氏が本領を発揮するのは、2008年4月に熊本市現代美術館の館長に就任して以後のことである。

 「大竹伸朗 ビル景 1978-2019」展(4月~6月)開催中の逝去であった。巡回先の会場(水戸)では、作家との対談を組まれていたようで、氏は現役のまま亡くなった。イギリス美術についての大変な知恵袋を失った感じである。

 

『美術評論家連盟会報』20号