新たな“大政翼賛”の中の表現危機   日夏露彦

2019年11月23日 公開

 国民統制組織としての大政翼賛会は80年前1940(昭和15)年に結成。各政党は解党、分野別に翼賛もしくは報国組織が強制された。42年日本文学報国会、43年日本美術報国会など。

 だが実際には37年国体の本義、文化勲章制定(横山大観は首領格御用絵師化へ)による懐柔で翼賛表現は大勢となっていた。すでに34年プロレタリア美術運動は解散に、36年アヴァンギャルド芸術クラブ研究会には特高が臨席、40年シュルレアリスム紹介の瀧口修造ら検挙、ロシア造形美学の斎藤義重は断念状態。気骨ある中堅の日本画家などは光明皇后の慈善を描いたが、御用美術評論家からは皇国を皮肉っていると咎められた。

 芸術精神のインテグリティを自画像に託した松本竣介《立てる像》は42年であり、美術雑誌での軍人のプロパガンダ強調論への反論も際立っている。自由という言葉さえ禁じられたブラック社会。

あいちトリエンナーレ事件は目に見えづらいが、新たな大政翼賛動向のなかで起こったというべきであり、当たり障りない表現・言説で処世する関係者も高を括ってはいられないはずだ。9月京橋の骨董店が小早川秋聲《國之楯》(皇室献上拒否)、凶暴な形相の「日本刀」、兵士報国画、武者絵を展示。NHKはじめメディアの無批判な情報もあって物見高い観客が押し寄せた。時代の空気を読んでの画家の名誉回復と商魂を狙った憾がある。

 今回、2004年刊拙著『日本美術・負の現在』に言う“上からの近代化”の禍根が露わになったことは明らか。いつ根こそぎできるのか、問われる。

 

『美術評論家連盟会報』20号