「アート・アクティヴィズム」と私  北原恵

2018年11月09日 公開

 1994年に「アート・アクティヴィズム」という連載を始めてから、四半世紀が経つ。
 その間、扱ってきたテーマも大きく緩やかに変化してきた。90年代は北米を中心に、気になるアーティストやテーマを書いた。ゲリラ・ガールズや、バーバラ・クルーガー、劉紅、ヨンスン・ミン、ココ・フスコ、ツェン・クォンチなどのアーティストを紹介したり、強かん・性暴力・検閲・芸術制度などのテーマを設定してみたりした。その後、「日本」の表象にシフトし、『インパクション』が休刊してからは、『ピープルズ・プラン』というさらにマイナーな雑誌で連載を続ける機会を頂いている。
 最近では、従軍写真家時代の仕事を扱ったリー・ミラー展(ロンドン、帝国戦争博物館)、ベトナムで難民をテーマにするリ・ホアン・リ(サイゴン、ザ・ファクトリー)、NHK・ETV番組改ざん事件を扱った演劇「白い花を隠す」(Pカンパニー)、女と家庭の関係をジェンダーの視点から考察した「ウーマン・ハウス展」(全米女性美術館)などを紹介した。
 「アート・アクティヴィズム」の連載は、富山県立近代美術館事件がきっかけだった。大枠としては賛同しつつも、運動側の論理に違和感を表明した私の文章が市民有志たちのミニコミ誌『越中の声』に掲載され、それを契機に雑誌『インパクション』で連載することになったのである。その意味で、富山県立近代美術館事件は私の個人史にとっても大きな意味を持つ。
 戦後最大の検閲事件とされる一連の出来事であったが、現在であればそもそも≪遠近を抱えて≫のような作品が展示されただろうか? 今なら「自主規制」で「事件」にもなり得ず、天皇制をめぐる美術と問題が炙り出されることもなかったのではないか。また、天皇論議に、「リベラル派」と右派の「ねじれ」現象(渡辺治)が生じている現在、そのねじれを含めた人々の意識をとらえきった作品を私は未だ見たことがない。「抑圧vs抵抗」の二分法で捉えられない「タブー」は、さらに強化されている。
 一方、社会とアートをめぐる言説が美術界で溢れかえっているにも関わらず、これほど社会で問題になっている、サイト・スペシフィックな、あの小さな彫刻作品について、日本の美術界ではどれほどの議論があっただろうか? あの作品とは、キム・ソギョンとキム・ウンソンによる《平和の碑(慰安婦の少女像)》(2011年)と同シリーズのことである (*1)。 かく言う私も、今の状況のなかで、「美術」という側面に限ったとしても、議論がとても難しいことは十分理解できるが——いや、「美術」に限るということ自体が無理なのだ。
だが、日本でのソーシャリー・エンゲージド・アートが、タブーに踏み込まず「毒」を抜いたままであるならば、一時の流行だけに終わり、やがては「人々の絆」を求める他の最新の用語に置き換えられるだけだろう。

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 最後に私が関心を持っている二人のアーティストを紹介したい。韓国の絵本作家、クォン・ユンドクと、アメリカ合州国で活動するローラ・キナである。二人とも今年、日本にお招きしてシンポジウムを開いたばかりである(*2) 。
 クォン・ユンドクは、韓国の創作絵本の世界を切り開いてきた代表的な作家として知られ、日本でも済州島のしりとり歌を元にして島の自然や暮らしを描いた『しろいはうさぎ』や、息子のために描き絵本作家になるきっかけとなった『マンヒの家』が翻訳されている。十余年前、そのクォンを含めた日中韓の絵本作家たちが、「平和」をテーマにした絵本を制作し、三か国で共同出版する「平和絵本」シリーズの企画が始まったものの、日本軍慰安婦を扱ったクォンの絵本だけが出版できずにおり、今春、ようやく『花ばぁば』というタイトルで出版された。
 二人目のローラ・キナは、シカゴのデ・ポール大学でアートやフェミニズム/クィア理論を教える研究者でもある。沖縄系3世の父と、バスク・アングロ白人系の母を持つキナは、ミッスクレイスをテーマのひとつにしてきた。キナの「アメラジアン」の風貌は単に異人種間の子どもというだけでなく、「戦争でできた赤ちゃん(War Baby)」や、「私生児(Love Child)」とみなされ、アメリカの帝国主義的歴史が生み出した特別な意味をはらんでいるという。キナは、この二つのキーワードを冠した展覧会を開催し、『戦争遺児/私生児:アジア系アメリカン・アート』(War Baby/Love Child: Mixed Race Asian American Art, 2013)を出版した。
 二人は一見全く異なる方向性を持っているように見えるが、クォンが一貫して描いてきた生活文化は「伝統」回帰に回収することはできないし、キナの試みもアジア系アメリカ人のアートだけの問題ではない。グローバルなものに対置した「ローカル」が、すぐさまナショナルなものや民族的同一性の希求に向かいがちな現状のなかで、私もアート・アクティヴィズムの実践を語ることのできる言葉を日々見つけなくてはならない。

註:
1. 北原恵「AA66: ハルモニ達とともに、日本大使館を見つめ続ける——ソウル「平和の碑」慰安婦像の制作者に聞く」『インパクション』185号、2012年6月
2. 北原恵「AA81:クォン・ユンドクさんの絵本世界——創作が史実を描く困難と可能性」『ピープルズ・プラン』73号、2016年8月:北原恵「AA88: 沖縄のディアスポラ・フェミニストが創る世界——ローラ・キナ」『ピープルズ・プラン』81号、2018年8月。