2017~2018 私のこの3点

2018年11月09日 公開

加須屋明子
「JAPAN KOBE ZEROの軌跡」
2017年10月28日―2018年1月21日
兵庫県立美術館
1969年結成の〈0〉の会から出発の前衛グループの活動の軌跡を当時の写真や映像、記事を中心に振り返る。神戸および京都でも活躍した軌跡を丹念に追い、改めてグループの先進的な活動の意義を明らかにした。

「Limited Vision 03 Fragments of the whole」
2018年7月23日
川崎能楽堂
オル太「スタンドプレーvol.1」と、D.タゴフスカ+P.ピンタル「More! More!」公演。日常に取材し都市の機能をユーモラスかつ批判的に演じるオル太と、シンプルな手法で空間にドローイングするポーランドからの2名の熱演。

「トラベラー:まだ見ぬ地を踏むために」
2018年1月21日―5月6日
国立国際美術館
国立国際美術館開館40周年を記念する特別展。作品鑑賞を旅になぞらえ、展覧会を旅人のように味わいながら、同時に美術館の歩んできた歴史に思いをはせ、個々の記憶や歴史とも重ねることのできる多層構造の展覧会。

 

 

小勝禮子
「彷徨の海 旅する画家・南風原朝光と台湾、沖縄」「邂逅の海 交差するリアリズム」
2017年11月1日-2018年2月4日/2017年12月19日-2018年2月4日
沖縄県立博物館・美術館
美術館開館10周年を記念した、歴史と現在をめぐる2つの企画展。記念展にふさわしい、歴史的視野と現代的問題意識に富んだ好企画。沖縄の戦前からの台湾とのつながり、現代におけるアジア芸術と近い社会的視野が鮮明に浮かび上がる。

「百花繚乱列島―江戸諸国絵師めぐり―」
2018年4月6日-5月20日
千葉市美術館
江戸の中後期、日本全国に輩出したその土地出身や藩の御用絵師などを、北は松前から西は長崎まで、できうる限り網羅したもの。何より地方絵師の独特の個性や力量に驚嘆し、全国各地を調査し網羅した学芸員の力技に感銘。

「杉浦邦恵 うつくしい実験 ニューヨークとの50年」
2018年7月24日-9月24日
東京都写真美術館
1963年に20歳で単身渡米して以来、アメリカで写真家として活動を続けてきた杉浦の、日本での初回顧展。当初から学んだフォトグラムの手法を展開させ、写真の原理そのものと戯れるような実験的精神を持ち続けるクールさに脱帽。

 

 

篠原資明
宮永愛子「life」
2018年6月20日―7月21日
ミヅマアートギャラリー(東京)
透明なキャンヴァスにいくつもの気泡が封入された作品が、さまざまにギャラリー空間に展示されている。気泡を通しても驚きの光景が。前年の大原美術館での試みを、さらに純化し新展開させたものとして評価したい。

「内藤礼 ― 明るい地上には あなたの姿が見える」
2018年7月28日―10月8日
水戸芸術館
人工照明を一切使わず、自然光だけによる展示。テグスやビーズといったこの作家おなじみの素材ながらも見入ってしまう。長い糸を垂らしているだけなのに、その行方が気になってしまう。今回も礼マジックには参った。

寺田就子「空のすり傷Empty Scratch」
2018年8月25日―9月14日
ギャラリーあしやシューレ
映り込みの達人、寺田就子による展覧会。今回は、反射光が壁面をまるで彗星のように動き、就子ワールドに新たな魅力が加味されたように感じられた。光の行方が気になる作品が目につく昨今、特筆すべき作家と思われる。

 

 

高橋綾子
「ビルディング・ロマンス―現代譚を紡ぐ」
2018年1月20日―4月8日
豊田市美術館
芸術祭流行りの昨今、公立美術館でこその企画力、実験精神、作品の力強さに共感。飴屋法水《神の左手、悪魔の右手》は一見暴力的な混沌に見紛うが、深い洞察に観客を誘った。テーマに連動したコレクション展の充実も、この美術館ならではと得心できた。

「真島直子 地ごく楽」
2018年3月3日―4月15日
名古屋市美術館
地元ゆかりの現役女性作家が、公立美術館で堂々とその生き様を見せてくれた回顧展。エネルギー漲る作品群に圧倒されつつも、最新作の大作油彩画『脳内麻薬』が出色であった。生きること、創ることの切実さと覚悟をもった作家の、新たな境地を堪能できた。

「森山安英 解体と再生」
2018年5月19日―7月1日
北九州市立美術館
反芸術への否定と破壊に突き進んだ<集団蜘蛛>の森山安英。長い沈黙後を知ることがなかったが、30年におよぶ絵画作品を網羅した清冽な展示空間で、公立美術館での回顧展実現の意味深さ、そして作家の佇まいに感銘を受けた。

 

 

谷新
1980年代の回顧と考察
「起点としての80年代」展(金沢21世紀美術館2018年7月7日~10月21日、以後高松市美術館11月3日~12月16日、静岡市美術館2019年1月5日~3月24日を巡回)。美術館が本格的に80年代に向き合った。直接生きた時代の目からは相違を感じつつもひとつのステップを形成した。および「ニュー・ウェイブ 現代美術の80年代」展(国立国際美術館2018年11月3日~’19年1月20日)など。

古川美佳著『韓国の民衆美術 抵抗の美学と思想』
(岩波書店、2018年4月刊)
民主化運動の高まる時代にその鼓動をヴィヴィッドに伝える「民衆美術」を現地にあって体験し、韓国のモダニズムの歴史を塗り替えた好著。

アライ=ヒロユキ著『検閲という空気 自由を奪うNG社会』
(社会評論社、2018年7月刊)
検閲、規制、忖度など今日の時代を覆う得体のしれない「空気」を著者は、もっと広義の規制のありようでもありうる「NG」と読み換え、具体例に富んだ社会構造としてあぶりだした。

 

 

千葉成夫
「福岡道雄 つくらない彫刻家」
2017年10月28日―12月24日
国立国際美術館
人生の途中から「作らない彫刻家」になった彫刻家の「近作」(?!)を交えた回顧展。様々な、しかし一貫した試みをしてきた事が良く解る。大阪だけの開催は勿体なかった。

「真島直子 地ごく楽」
2018年3月3日―4月15日
名古屋市美術館(足利氏立美術館に巡回、4月24日~7月1日)
油絵で決められているすべてを捨てて「はじめも終わりもない、そういうものをやってみたかった」。とくに鉛筆画は地獄も極楽も含んで、越えて、広がる。

中国・米国映画「トンボの眼」
監督:徐冰(中国)製作:2017年
日本公開2017年11月(東京国際フィルメックス)
「偽漢字」で古書を作るように、1万以上の監視カメラの映像を繋ぎ合せて、若い女性とそれを追いかける男性の「偽物語」に仕立てあげた作品。これは映画か美術作品か?彼のかつての「偽書」は書物か美術作品か?

 

 

中塚宏行
「水野里奈」
2月16日―3月11日
六本木ヒルズA/Dギャラリー
あたかも空間恐怖の如く、四角い画面に埋め尽くされた細密な形象と鮮やかな色彩によるめくるめく絵画世界は、見る者に眩暈を起させると同時に視覚的快楽を生みだしている。まさしく驚異の絵画空間が広がっている。

「スイスの夢幻画家 クリスティーヌ・セフォロシャ 日本初公開」
6月1日―6月30日
ギャルリー宮脇(京都)
アウトサイダーアートの著者ロジャー・カーディナルが紹介する女性幻想画家。獣医師との結婚、南アフリカ移住、離婚、黒人ミュージシャンとの再婚、アパルトヘイトからの脱却、スイスへの移住、独特の幻視世界に注目。

「働く民衆の心の詩 生誕100年吉田利次」
10月1日―3月17日、7月5日―9月29日
会場 ガレリア・リバリア(大阪)
戦後の一時期、二科、デモクラート、パンリアルにも出品しながらも、モダニズムに背を向けて、炭鉱労働者や漁民などの民衆を描き続けた、戦後の社会派リアリズムの画家の作品を7期にわけて紹介、画集も刊行された。

 

 

名古屋覚
「棚田康司『全裸と布』」
2018年8月1日―9月1日
ミヅマアートギャラリー
今回のように立派な成人裸像を初期から発表していたら、7年前の「ジパング展」で棚田の作品を「小児愛臭彫刻」などと私は評さなかっただろう。これが初個展ならよかったのに――と感慨深い、中堅作家の個展の好例。

『美術手帖』隔月刊化
2018年5月から
それまでの2号分が1号に合本されたのかと思えば、価格は変わらず、厚さもほぼ同じ。実質的に何が変わったのかを考えると、痛ましい。需要があって、供給がある。わが国の美術の消費者と業界が、この変化を求めた。

井上章一著『日本の醜さについて 都市とエゴイズム』
2018年5月発行 、幻冬舎新書
醜さとは、外観だけのことではない。外観と実質との矛盾が、さらに醜いのである。美術に関する問題を含め、現代日本の諸問題の全てが、本書で指摘されている「醜さ」によって象徴され、上記の矛盾に由来すると思う。

 

 

早見堯
「ヒロシマ・アーカイブ」
http://hiroshima.mapping.jp/index_jp.html
渡邊英徳と制作メンバー
広島被爆の記憶を語り継ぐ。1911年開始。過去のデータを発掘し現在に重ねる。展開中の多次元デジタルアーカイブズはリレーショナル・アートとして機能。「改竄」蔓延社会に何が事実たりうるかを問いかける。

「色彩よりも光、空間よりも空気」を体感
ティル・ナ・ノーグギャラリーの馬場健太郎(10月8日―30日)と伊藤誠(11月11日―26日)、gallery 21yo-j の牛膓達夫(11月2日―11月19日)。絵画や彫刻などの表現媒体の外にでる。光と空気があふれていた。

物質の想像力を再認識
藤井博(space23°、3月10日―4月7日)、原口典之(space23°、4月13日―5月6日、plan-B:4月17日―5月5日)、平田星司(浦和ワシントンホテル、3月5日―17日、ガルリアッシュ、4月15日―28日、宇フォーラム、6月14日―7月1日)、埼玉県立近代美術館「モダンアート再訪」(4月7日―5月20日)のアスファルト使用九州派作品。姿形を変えても自己同一性を残す物質の造形力と反造形力。

 

 

藤嶋俊會
田中修二『近代日本彫刻史』
国書刊行会、2018年2月8日発行
近代日本の彫刻史を専門とする著者は、「立体造形」という言葉を縄文から現代までの立体的表現を取り上げる際の通奏低音としながら、再度彫刻や工芸の概念を考え直そうとする。豊富な資料の裏付けと新鮮な知見は専門書でありながら読みものの面白さがある。

「BankART is moving」:BankART Studio NYKが2018年3月31日撤退。
2005年開館以来現代美術の活性化に貢献した横浜のアートスポットが親会社の意向により撤退を余儀なくされた。市当局や市文化振興財団とは異なる柔軟なスタンスによる運営が魅力だった。ホワイト・キューブよりも時代の垢が沁み込んだ旧日本郵船倉庫は寛げる空間だった。

「イサム・ノグチ―彫刻から身体・庭へ」
2018年7月14日―9月24日
東京オペラシティ アートギャラリー
スケールの大きいイサム・ノグチの展覧会は物理的な面で実現に困難を伴う。今回「身体」という切りで、屋内展示が可能な石彫作品やドローイングの外写真や模型、映像などを使って彫刻家の世界を確かな手応えを感じさせる内容に構成したところが評価できる。

 

藤田一人
美術館のおしゃべり禁止傾向と三菱一号館美術館の「トークフリーデー」の実施
美術鑑賞には感想を語り合うことも含まれる。勿論、一定のマナーを心得て。「トークフリーデー」を設けるのは、既成事実としておしゃべり禁止の規則化。それに関して美術館全体で如何なる議論があったのか?一部のクレームに対する安易な対応のようで残念。

「岡耕介展」
2017年12月10日―2018年2月4日
茅ヶ崎市美術館
観客動員や国際的評価といったことばかりが話題になるなかで、市展や県展を軸に地道に活動してきた美術家に光の仕事を当てる企画こそ、地域に根差す公立美術館の真髄。同展を通して、各地で草の根的な芸術活動が豊かに展開されていることを実感。

稗田一穂《晩夏》(第44回創画展出品作)
超高齢化社会を迎えようとしている日本と日本人が求めているのは、我武者羅な活力ではなく、穏やかな成熟だろう。そんななか、97歳、稗田一穂のおおらかでゆったりとした画境には、いまの日本人が理想とすべき豊かなる老境を印象付けられた。

 

 

松本透
「戸谷成雄 現れる彫刻」
2017年10月16日―11月11日
武蔵野美術大学美術館
モノの表面は、光(視覚)の限界であるのか、ないのか。内部と外部、表「面」と裏「面」が複雑に入り組んだ会場を経巡ることによって、視覚の欲望が際限なく喚起され、砕かれ、翻弄されるみごとな会場構成であった。

「SAIKO OTAKE: KINMEGINME」、
2018年7月13日―8月10日
ギャラリー・アートアンリミテッド(東京)
ノー・トリミングの写真2枚を並列しただけで無類の強度をえた作品の数々に息をのんだ。研ぎ澄まされた周縁視の採集と編集を通じて、わたしたちの視覚世界の深層が透けて見えるような作品群であった。大竹彩子の国内初個展。

「杉浦邦恵 うつくしい実験 ニューヨークとの50年」
2018年7月24日―9月24日
東京都写真美術館
たとえば遠ざかっていく視界(写真)とさえぎられた視界(絵画)を併置した1970年代後半からのシリーズひとつとっても、杉浦の「うつくしい実験」の現代性は明らかだ。全体として、尖った作品ばかりであるのに、落ち着いた歩調にほっとさせられた。

 

 

水沢勉
「毛利悠子 グレイ・スカイズ」
2017年12月2日―2018年1月28日
藤沢市アートスペース
市民とのワークショップの成果物がその空間も含めて作品となっている。みずからの作品の展示空間との周到な対比。意外な展開。ひかりのコントロールの巧みさ。それ以上に漏れる音とひかりの微妙な綾どり。

「内藤礼 明るい地上には あなたの姿が見える」
2018年7月28日―10月8日
水戸芸術館
最小限の空間への変更を加えた以外は、その空間本来のすがたのなかで展示するという姿勢がますます徹底されている。いっさい人工照明を使用しない。キャプションもない。空間が素のままで立ち上がる。そのときその空間の時間の地色が感じられる。それがこの世界であるという強烈なメッセージ。

「中園孔二 外縁―見てみたかった景色」
2018年7月14日―9月30日
横須賀美術館
不慮の死のために2015年に夭折した画家の「回顧展」。大作ばかりでなく、小品にも目配りをし、周到に作品選択をしたうえで、その色彩画家としての魅惑を存分に発揮できるようにする展示の妙。とくに動線計画がみごと。

 

 

峯村敏明
国際シンポジウム「日本画の所在――東アジア絵画としての」
2018年1月27日・28日
東京藝術大学美術学部中央棟第1講義室
「日本画」を短兵急に肯定・否定するのではなく、その歴史と現状の問題点を「東アジア」という枠組みの中で新たに考え直そうとした意欲的な試み。議論の充実と会場をはみ出した聴衆の熱気が催しの適時性を語っていた。

「岡村桂三郎展」
2018年4月21日―6月24日
平塚市美術館
最初期から新作までの歩みを網羅した10年ぶりの大展観。これまで主題の特異さと変則的な技法が持ち味かと思っていたが、どうして、宇宙的視野の大変な絵画思考が柔軟に展開していて、わが浅見を打ち砕いてくれた。

「生きてゐる山水――廬山をのぞむ古今のまなざし」
2018年8月31日―9月30日
岡山県立美術館
董源、李成、玉澗、石濤らの山水古画も贅沢な眼福だが、それらと正面から向き合って単色山水画を模索してきた現代画家・山部泰司の作品展開を組み合わせた企画の大胆さ、カタログの美しさに感服。山部も堂々の敢闘。

 

 

山本和弘
「杉浦邦恵 うつくしい実験 ニューヨークとの50年」
2018年7月24日―9月24日
東京都写真美術館
1960年代から写真と絵画のコンバインを実験してきた杉浦のフォトグラムという解答が、乾性油をより重視したリヒター&ポルケの絵画と感光乳剤に特化したグルスキー&ルフの写真の中間に位置づけられることを立証した。

白川昌生の第58回ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館へのノミネートと玉砕
2018年6月
国際交流基金
日本の美術が世界のマイナーであることを自身の同化によって主張し続けてきた白川を、シャイロックの本拠地ヴェネツィアへ国策として送り込もうとするアイロニーが光る。ノミネーこそが脆弱な文化国家を焙り出す。

黒船来襲―ファーガス・マカフリーの東京上陸
2018年3月
「具体」と「もの派」を日本人は評価しえても、市場を創出しえない。黒船には大砲ならぬコレクターが随行。市場はある、と気づいたときには時すでに遅し。幕末と同じ浮世絵的オリエンタリズムが再び残響する。

 

 

山脇一夫
「ブラジル先住民の椅子」
2018年6月30日―9月17日
東京都庭園美術館
最近見た展覧会の中でもずば抜けて面白かった。何といっても魅力的なのはその形である。動物の形が単純化されているが、幾何学的ではない、でこぼことしたいびつさが手わざと木のぬくもりを感じさせる。また表面に施された装飾模様も見逃せない。

「真島直子 地ごく楽」
2018年3月3日―4月15日
名古屋市美術館
名古屋市出身の真島直子の40年以上にわたる画業の集大成ともいえる個展であり、故郷の美術館での本格的な個展として注目された。立体作品、インスタレーション、鉛筆画、そして近年の油彩画など迫力のある作品に圧倒された。

「フジイフランソワ展」
2018年2月3日―3月4日
一宮市三岸節子記念館
抱一、若冲などの江戸絵画をテーマに、本歌取りともいえる手法によって古典を現代に甦らせるユニークな絵画で注目される。名古屋市在住の日本画家の十年ぶりの美術館での個展。今回はさらに、神話の神々に題材を取った新しい展開も見られ、今後の展開が楽しみである。