美術評論家連盟結成経緯

美術評論家連盟の結成は1954年5月だが、これ以前に前身となる団体を幾つか経てきている。まず戦時中の新体制に呼応する形で、1940年12月6日に「美術問題研究会」が結成された(※1)。この会は戦後、1950年に「美術評論家組合」として改組され再出発し、これが翌年、「美術評論家クラブ」と改称され(※2)、さらに五四年の「美術評論界連盟」の創立とともに発展的解消をした。

美術評論家連盟は、国際美術評論家連盟(aica = association internationale des critiques d`art) の日本支部という形で結成されたものであるが、aica の結成の経緯は次のようなものである(※3)。1948年と49年、ユネスコ本部において、アンドレ・シャステル、ピエール・クールティヨン、リオネルロ・ヴェントゥーリらをはじめとする美術評論家・美術史家・美術教育者・近代美術館学芸員らが参集する二つの国際会議が行われ、美術評論家という職業に関する視点、芸術家と公衆に対する責任や美術史に対する貢献に関する性格付けなどが話し合われた。これらの国際会議のあと、より一層の国際的な芸術・文化面での発展への貢献をはかるため、1950年に aica が設立され、1951年にNGOとして認可された。

1952年、ヨーロッパを旅行中だった富永惣一がスイスで開催されていた第四回国際美術評論家会議に誘われて、aica からの日本支部を結成しないかとの打診を受け、日本に加入の意志があることを表明した。この意志表明に従って美術評論界連盟の結成が行われたものである。結成時の役員は以下の通り。(会長)土方定一(常任委員長)富永惣一(常任委員)今泉篤男、金丸重嶺、勝見勝、嘉門安雄、浜口隆一、山田智三郎、和田清(事務総長)河北倫明(書記)小倉克之(幹事)土方定一、田近憲三、河北倫明、瀧口修造、徳大寺公英、鈴木進、江川和彦。発足時の会員は六十余名であった。

50年代に美術評論家連盟が結成された主な背景として、鎌倉(51年)と京橋(52年)の2つの近代美術館の誕生に伴い、新しいタイプの美術評論家の登場が待望されたことが挙げられる(※4)。(文中敬称略)(文責:倉林靖)

(1) 発起人は尾川多計、荒城季夫、柳亮、今泉篤男、富永惣一、田中一松、大口理夫、水沢澄夫、相良徳三、森口多里、土方定一。なお、これ以前にも、一九三六年十月設立の「美術批評家協会」があった。
(2) 年代は美術評論家連盟内部資料による。瀬木慎一『日本の前衛一九四五 - 一九九九』(生活の友社、二〇〇〇年)、二四六頁によれば、「美術評論家組合」の再出発は四九年三月二日、「美術評論家クラブ」への改称はその翌年。
(3) 以下の経緯は、aica のホームページ
http://www.aica-int.org/eng/background.html に基づく。
(4) 瀬木、前掲書による。以上、全体として、美術評論家連盟の内部資料と、瀬木、前掲書、239〜248頁を参照した。

なお、以下に歴代の美術評論家連盟会長を挙げておく。

1954年発足時  土方定一
(この間、不明)
1963年  瀧口修造
1964年  富永惣一
1966〜73年  山田智三郎
1974〜82年  岡本謙次郎
1983〜86年  東野芳明
1987〜94年  河北倫明
1995〜98年  本間正義
1999〜2008年 針生一郎
2009〜2011年 中原佑介
2012年〜  峯村敏明